私は2月1日にこの世で2度目の転生をする

目の筋肉をいじり開きをよくし、不要な皮膚や脂肪をきりとる。眉毛から切開をして、さらに余分な皮膚をとる。目頭のひだをとる。鼻には「レディエッセ」と呼ばれる、骨と同じ成分が含まれた注入剤で高くする。鼻が高くなれば生まれ変わったような気分になれるかもしれない。いや、大して変わらない。もっと変わりたい。  

シリコンプロテーゼを挿入し、鼻先に耳の軟骨を移植。1年もたたずに移植した軟骨が透けてきたため修正。ついでに鼻の中心にある軟骨を延長して鼻柱を長くした。目と鼻の美容整形をしたのに何かが違う気がする。そうだ、輪郭だ。顔の土台が悪いから、パーツを変えても変わらないのだ。家を建てるとき、土台が不安定なうえに建てたら美しい家は立たないのは素人でもわかる。一見、整ってみえてもいざ住んでみると徐々に不具合が起き、床下が悪くなっていた......なんてこともあるかもしれない。美容整形も然り。

表面だけ取り繕っても根本的な解決にはならないのだと、美容整形を通して学んだ。自分の行動が「木を見て森を見ず」のように問題のほんの一部分にしか触れていないと気づくには、それなりの知識が必要だとも。

  「手術同意書。〇〇クリニック。院長〇〇殿。自身で記入した問診票に虚偽なく、治療の目的・内容・特性・危険性を理解し、それに伴う説明文書に記載されたすべての事項について説明をうけました(中略)以上のもとで、この手術をうけることに同意します。」

2018年2月1日。署名。親指を朱肉につけて同意書に押しつける。頬骨に切り込みをいれ、内側に押しこみ横幅を狭める手術。上アゴを一旦切断し、7mm削ってくっつける手術。下アゴを後ろにさげる手術。アゴ先をだるま落としのように中抜きをして小さくする手術。計4つの美容整形に同意した。そこそのよい新車が買えるくらいの費用をかけた。

手術当日、オペ室に入り手術台の上に横たわったのが11時すぎ。岩に潰されるような気怠さを押しのけて目をひらくと、ベッドの脇に白衣姿の担当医が立っていた。時間をたずねると24時前だと答えた。管という管が顔や身体のあちこちにまとわりつき、どれに触れていいのか悪いのかもわからない。熱っぽい身体に顔の膨張感。目をつぶりながらアゴに触れる。つい半日前まであった角ばった骨がない。口が引っ込んでいた。

  2023年2月1日。一輪車や竹馬に夢中になっていた頃から住みつづけている街で、自家製天然酵母をつかったハードパン専門店をひらく。

しわのないグレーのスーツをきた、清潔感の塊のような不動産屋の中年男性が丁寧に契約書内容を読みあげる。トゲのない柔らかな声。頭頂部の寂しさがむしろいい。以上の内容でよろしければここに署名捺印をお願いします。隣にいる夫が署名しろという。私は株式会社の「株」の字を書こうとして、ペンを握ったまま静止した。普段なら難なく書けるはずなのに「木」の隣の文字が出てこない。不動産屋のオジさまが「漢字、書かなくなりましたよね」と目尻にシワを寄せながらいう。  

オーナーへの保証金。保険会社への手数料。ちょっといい会社の、部長クラスの月収と同等の金額をすでに支払っている。これから毎月、家賃を払わなければならない。小麦の値段はこれからもあがるそうだ。仕入れ先の卸業者から「小麦粉値上げのお知らせ」というタイトルで、申し訳なさそうなメルマガが先日届いたばかりだ。電気代も高くなった。私の背丈166cm以上あるオーブンは動力という特別な電気で動かす。明細書の金額をみたら目がしみそうだ。原価率の設定が心配でたまらない。夫は蓋がついたまま法人の印鑑を押していた。きっと同じ気持ちなのだ。

おまけにこの地域には高齢者が多い。そのなかでハードパンを売るなんて入れ歯に優しいはずがない。でも焼きたいパンを焼かずして、パン屋になる意味がどこにあるのか。一部のお客さまのためにフワフワでとろけるような、脳みそがハックされそうなジャンクなパンは焼かない。どうせ食べてもらうなら健康になってほしい。パンを咀嚼をして胃腸で消化吸収をして排泄物が流されるまで、私は責任を持ちたい。ハードパンには油脂、クリーム、砂糖は使わない。使うのは粉、酵母、浄水器に通したきれいな水。ものによって未精製の砂糖も加える。油脂系が含まない分、カロリー控えめで健康的。食物繊維、ビタミンミネラル豊富なライ麦をつかったドイツパンも積極的に焼く。

お店をひらくデビュー戦に、あえて自家製天然酵母を選ぶなんて相当苦労するだろうなと予想がついている。酵母とはパンの発酵源。自家製天然酵母とは、レーズン、ライ麦粉、全粒粉などの食材からおこす酵母をいう。一般的に使われるイーストよりも手間がかかる。糠漬けのように混ぜたり足したり世話が必要なだけではなく、温度管理も必要。状態が悪くなるとうまく発酵しなくなる。一方、イーストは保存がきいて安定した発酵が可能だ。生イーストは要冷蔵だが冷蔵庫に入れておくだけでいい。しかも少量で高い発酵力を出せる。

それに対し、イーストと同様の発酵力を自家製天然酵母で再現するには、多くの酵母を必要とする。大量の酵母をよい状態で保存するデータもとれていない。多分、温度やphも記録していく必要があるだろう。どこに何があるかも把握しきれていない新しい環境の中で、パンを焼く。右往左往する自分が想像できる。

でも迷ってはいられない。月末にはお金が溶けていく。私はパン屋に転生するしかない。