凍えるような風が頬と身体を激しくかけ抜けていくとき

凍えるような風が頬と身体を激しくかけ抜けていくとき、思い出す断片的な過去の記憶。灯油とストーブの香り。まだ世の中のことなんてこれっぽっちも知らなかった頃、お気に入りのピンクの長靴をはいて父と遊んだ、雪が積もった一面真っ白な畑。お仕置きとして真冬のなか外に放り出されたあの日。身を縮めて寒さを凌ぎながら見上げた、灰色の空。

 

祖母と一緒に寝る夜。手を握り、足をくっつけ、布団の中で温めてくれた祖母の優しさ。シワシワの手で、手足のしもやけにすり込んでくれたひんやりしたユースキンの感触と香り。

 

病との長い戦いが終わった父を乗せた、黒い車を見送った大晦日の夜は雪が降りそうなほど寒くて、この日も今と同じように頬と身体を冷たい風が通り過ぎていった。

 

私は前に進むしかない。過去は激しい寒風のように後ろへ、後ろへと遠ざかっていく。もう戻れないあの頃。けれど過去は私にいつまでもまとわりついて、寒風が吹くたびに懐かしさと共にポツリと思い出し、支えとなり、ときに見守ってくれている。それらが私を形作る。

 

せいわやのパンを食べる。食べたときの食感や味。料理が並んだ食卓。隣にいる大切なあなた。大切な誰か。パンに合わせるスープを作ったわよ、なんていう当たり前の日常は当たり前ではない。いつ手のひらからこぼれ落ちてしまうか分からない。

 

何気ない日常が過去となり、いつかその過去が誰かにまとわりついて寒さをやわらげ、見せびらかすことなく自分だけの大切な記憶としてぎゅっと握りしめ、お守りのような存在となりますように。