「なんでパン屋やってるの?」と聞かれたら

「なんでパン屋やってるの?」と聞かれたら「私が唯一世の中で貢献できそうだなと思う分野だから。誰かの役に立っているかもしれないと感じられる仕事だからです」と、答えると思います。

 

もっと突き詰めて考えると”誰かのために働くのが結果的に自分の幸せにつながるから、役立てそうな仕事を選んでいる”が正しいかもしれません。誰かの喜びは、私の喜び。決して綺麗事でも偽善でもなくて。自分を幸せにするには、まず相手を幸せにしなければなりません。

 

酵母のお世話をする。お世話をするとねずみ式に増えていく酵母。焼かないでいると捨てるはめになる。もったいない。だったらパンにして、誰かに食べてもらえたらより一層いい。世話をして焼く一連の流れは習慣であり、ライフワーク。もはや生きる営みそのものかもしれません。

 

その営みが仕事になって誰かに喜んでもらえるなら、どんなに幸せだろうか。そう思い、飛び込んだ今の世界。

 

私が作ったものを買ってくれる現象に対して、オープン当初は夢か現実かよく分からないくらい信じられないことでした。この感覚は今でもあります。でもお客さまからすれば、誰が作ったかなんて関係ない。お金を払った結果として美味しい物が手に入ればそれでいい。それ以上でも、それ以下でもないわけです。

 

けれど、喜んでくれる方がいる事実が目の前にある。

 

その時に感じる、言葉にしにくい温かな感情はなんと表現すればいいのでしょうか。作ってよかった、頑張ってよかったという気持ち。私の存在さえ肯定されているようで。泥のように疲れていても一瞬で吹きとび、明日も頑張ろうと力が湧いてくる。パンを作り売る。このおこない以外で得られない貴重な体験です。

 

2023年、秋。そろそろ食欲の秋が到来しそうです。忙しくなるだろうなという予感を工房に向かう途中。爽やかな風がほほを撫でる中でいつも感じています。

 

いつの日か夫と2人で歩いた福島県 猪苗代湖のほとり。湖を囲うようにずらりと整列したすすき達。日の光に照らされ、風に煽られ、左へ右へと軽やかに揺れて。光は透明できらきらと暖かい。

 

きっとこの先も忙しくなるでしょう。忙しさに飲み込まれることなく、あの景色を見ていたときの心を忘れず、お客さまにもおすそ分けするかのようにありましょう。