父と2人暮らしをはじめたばかりの11歳のとき

父と2人暮らしをはじめたばかりの11歳のとき。父は仕事で不在気味で、病気も患い長期入院。ひとりの時間が多かった幼少期。寂しさはあったものの、もの作りの下積みのような時間であり、今思えばあの時間があったからこそ今につながっているのかなと思います。

 

自分のご飯を用意するのはもちろん、仕事から帰ってきた父のために夕食を作る。代わりにお小遣いをせびる。放課後、友だちを家に招いておやつを作り、ひとりきりの時間を紛らわす。クラスメイト人数分のパウンドケーキを焼いて学校に持って行ってみたり。難しいチョコレートケーキに挑戦してみたり。

 

いつの日か、スポンジケーキや生クリームを泡立て器で作るのは苦労するからと、ハンドミキサーをねだったら「高い」と呆れられ買ってもらえないなか、父の誕生日にケーキを作ったものの、手作業で作るスポンジケーキは膨らまず、生クリームはうまく立てられず。

 

出来あがったのはぺちゃんこのショートケーキ。安く済ませるために果物はみかんの缶詰を。泡立っていない生クリームをぬり、銀色の丸い小さなデコレーション用チョコレートを散りばめて飾りつけ。冷蔵庫に隠して驚かそう。

 

数ヶ月しか滞在しない間にあわせの賃貸アパート。部屋にあわない大きすぎるテレビや食器棚。父と並んで座る椅子のない食卓。一軒家から引っ越してきてアパートは一旦家具を収納する押入れみたい。夕食のデザートに隠しておいたケーキを出す。ひとくち、ふたくちくらいしか食べてもらえず、落ち込んだのもいい経験。

 

パン屋やという職業を広く考えてみると「食べる、味を感じる」は多くの人ができる行為であり、日本人だけではなく国境をも越える。そう考えると“食を提供する”というのは、無限の可能性が広がっているといつも思うのです。

 

すべての方から好かれるなんて難しい。それでも自分ができる範囲のなかで、性別、年齢問わず誰かを楽しませることができる。その可能性を秘めている。本当に素晴らしい職業です。