2021年までパンを焼いたことがなかった私が独学で焼けるようになり、千葉県船橋市高根台でハードパン・ドイツパン専門店せいわやを開業してから2年が過ぎました。
長時間低温発酵、自家製酵母を組み合わせながら、ポストハーベスト・プレハーベストフリー。有機小麦を積極的に採用し身体に優しい素朴なパンを日々焼いております。
日頃からご利用いただいている皆さまには、この場を借りてあらためてお礼申し上げます。
ときどき「独学でどうやって焼けるようになったのか?」と、質問をいただきます。この問いについて深く考えてみると、パンといかに対話できるかではないかと最近は思っています。
状態をみて判断する。臨機応変に動く。上手くできるように先回りして手を打っておく。レシピはあくまでも目安であり、最終的には指先の感覚や見た目。なんとなく違うorいい感じのような感覚が重要になってくると思います。
しかしながら、対話力が必要だと気がつく以前は? パン作りの基礎はどのようにして身につけたのか?という話しになります。
主に行ったのは、
- 概要を知る
- 実践
- 分析・考察
この3つ。あとは諦めず、ただ続けるだけ。
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パン屋開業までの経緯
まずどのような経緯をたどってパンが焼けるようになったのか、時系列で簡単にお話しします。
2021年9月 飲食店で働きはじめる
2021年11月 初めてバゲットを焼く
飲食店で働きながら自宅で練習をはじめる
2022年2月 飲食店で働きつつ、レンタルキッチンを利用し焼菓子・パン類を委託販売する
2022年7月 飲食店退職
2023年2月18日 せいわやプレオープン
2025年 現在に至る
パンの成長記録 焼きはじめた頃〜現在
上火が近すぎる。スチームもなくクープが開く前に焼き固まっています。
▲パンを焼きはじめた頃
▲現在のパン
パン作りの基礎を身につけた3つのこと
1.大まかな概要を把握する
パンを初めて焼いた頃のレベルは「パン作り=こねて発酵させて焼く」は分かっているけれど、それ以外の知識がまったくない状態でした。
まず取り組んだのは、パン作りの概要を知ることです。
- レシピ本、専門書を買いあさって読む
- ネットで調べて情報収集
作りたい分野は自家製酵母を使ったハード系。ドイツパン系と決まっていたので、それらを学べる本や情報を中心に集めていました。
▲自宅本棚はこちら
本によって書いてある内容が異なるため、色々な本を読んで知識を平均化するとよいです。
(著)志賀 勝栄氏 酵母から考えるパンづくり
▲自家製酵母のハードパン作りでお世話になった本
▲ブレッドサーカス 粉から起こす自家製天然酵母のパンづくり
自家製酵母の起こし方はこちらを参考にさせていただきました。
フランスパン・世界のパン 本格製パン技術
ドンクが教える本格派フランスパンと世界のパン作り
▲バゲット、ルヴァンシェフ作りで勉強させていただいた本
zopfが焼くライ麦パン(著)伊原 靖友氏
ドイツパン大全(著)森本 智子氏
ドイツ国立製パン学校講師によるドイツ製パン
(著)株式会社 J.I.B
▲ドイツパンならこちらの3冊
パンストック 長時間低温発酵のパンづくり(著)平山 哲生氏
▲長時間低温発酵なら皆さんお馴染みのパンストックさん
2.実践を重ねる
「とにかく焼く」を大切にしていました。
上記の経緯でもお話ししたとおり、飲食店に勤めるのと同時に自宅で練習を並行。冷蔵発酵させた生地を用意しておき、勤務後に自宅に帰宅してから焼く。朝こねていき、パンチを夫に頼む。帰宅してから焼く。
休日はだいたいパンを焼いていて、家庭用オーブンでは1回あたりカンパーニュ1つ。小型ですと2〜4個までしか焼けませんので、1日8時間以上キッチンにいた日もありました。家中が暑い。電気代の請求金額をみて驚いたことも。
▲自宅でハードパンを焼く方法はこちら
温度、下火、スチームが重要。オーブンが壊れやすくなる可能性がありますので試す際は自己責任でお願いします。
3.パン日記をつけて分析・考察する
焼いたパンの仕上がりを見て分析・考察するのに役立ったのがパン日記です。
ipadのアプリ Good notesを使いパン日記をつけていました。写真を日記内に簡単に挿入できるので便利です。
実際の日記を一部ご紹介します。乱文乱筆でありますのでご了承ください。
プレオープン間近。工房で練習していた頃なので上達してきています。
サワー種が未熟すぎる。パンになれていません。サワー種は温かい環境で20時間ほど熟成が必要です。元種がどのくらいかにもよりますが。
記録しておくといい内容は以下のとおり。
- レシピの分量、べーカリーズパーセント
- 室温、水温、こねあげ温度
- 工程の記録(オートリーズ30分、ベンチタイム20分、1次発酵25℃で60分…など)
- 膨倍率(1次発酵でどのくらい膨らんだのか)
- 焼成温度、時間
- 可能であれば写真
思い通りに焼けなかった場合。もしくは成功した場合。1ページにまとめることで失敗した原因or成功した理由を分析できます。それだけではなく「次回はこうしてみよう」と改善案も考えられます。
今思うと日記を活用し「計画→実行→結果の評価→改善」のPDCAサイクルを自然と実行できていたようです。
いろいろな種類のパンを焼くと、どんな工程で焼いたのか大体忘れますので、記録をつけ可視化すると冷静に分析でき、PDCAサイクルを回しやすくなるのでおすすめです。
<ポイントまとめ>
・パン作り初心者は本を読みネットで調べて基礎を構築しよう
・パン作りを生活に組みこみ実践を重ねよう
・パン日記をつけて分析・考察をしよう
・大切なのは続けること
パンを焼けるようになりたい方へ
失敗を怖がっていませんか
時間をかけてパンを作り、下準備もできた。
いざオーブンに入れてみると、思い通りに焼きあがらない。 クープは開いていないし、ぺっちゃんこ。失敗すると落ち込みますよね。うまく焼けない日が続いたらやめたくなる時もあるでしょう。
しかし、まず覚えておいていただきたいのは「失敗する過程こそに意味がある」のです。
パンをはじめて焼いた日から開業2年目に至るまで、大量のパンを焼いてきました。その過程の中でどれだけ失敗したことか。数々の失敗があってこそ、ではどうすればいいのか?という考えにつながり、どんな環境下でも焼けるようになる技術が身に付くきっかけになる。
今では失敗と言えるほどのことは減ってきましたが、大なり小なりやらかす日はあります(もちろん販売はしません)けれども失敗はさらなる改善の糧と受け止め、次に活かすようにしています。
きっとパン業界の巨匠も、はじめの一歩は皆さんと同じだったはずですから。
パンに正解や完璧はない
パンを焼くとき「こんな風に焼きたい」とゴールを想像すると思います。
でも自分が想像するゴールに到達できなかったからといって、落ち込まないようにしてください。
なぜならばパンには明確な正解や完璧はなく、
どんなパンでもパンであり
同じパンは何ひとつとして存在しない
のです。
人類はいつからパンを食べてきたのか。
パンの文化史 (著)舟田詠子氏によれば、紀元前1万年の旧石器時代終末期の遺跡で臼(うす)が見つかっていることから麦はこの時代から食べられていたそうです。パンはおおよそ紀元前5700〜5500年前。
スイスのトゥワン遺跡上層部分(5500年前)から直径60.67〜67.70mm、高さ14〜24mm、重さ25.20g の円形。親指と人差し指でつまめるほど平たく小さい、黒いパンが見つかったそう。そういった形でもパンと言える。ご自宅で平たいパンができたとしても、パンを焼いたのならパンであるのです。
また、プロフェッショナルの仕事をするなら最上級の仕上がりを目指し、均一化するのが仕事の一環でしょう。私も自分の中での最上級を追求できるよう努力しています。
しかしながら、膨大な数のパンを焼く中で、なにひとつとして同じパンが焼ける日はありません。一生、同じパンを焼ける日はこないでしょう。季節によっても仕上がりは変わります。
気温、湿度、酵母の種類や働き、酵母の数。パンの仕上がりに関わる全ての条件がカチッと型にはまる。そうなればどれだけいいことか……。
私たちの身体が、昨日と今日。昨年と今年では細胞レベルでまったく別の個体になっているのと同じように、同じパンであったとしても細分化してみれば別の物体なのです。